EM総括ーその五 最終回 決勝 独逸対西班牙

シュプレー川へ向かう通りにて、Berlin-Kreuzberg,26.6.2008


小生の中ではこのユーロはこの木曜日、ロシアの敗北とともにおわっていたがゆえに、決勝は所詮消化試合程度にしかみていなかったけれど、結局というか、期待に反しつつ、あるひとつのお祭りの最高潮にはふさわしくない非常に盛り下がった試合を独逸はやってくれました。まあ、これは小生の中ではある程度予想していたことではあったけれど、それでも、独逸のいわゆる「悪運」抜きの「悪あがき」をこの決勝で見たかったことはいうまでもない、この3週間のお祭りの終わりに華を添えるような。しかし、ここまで萎えた試合をしてくれるとあきれてものもいえなくなる。木曜日の、事実上の決勝戦とみていた西班牙対露西亜戦後、一度「決勝」などみるにあたいしないと思ったのを翻意してみようとおもったのが極度にアホらしくなるぐらい。独逸はポルトガルとトルコとの死闘の後、スペインという、この二チームのみならず、実力的に自らの上をいくチームと戦う力など残されていないかのような消極的で悔いの残る試合をしてしまった。それに引き換えスペインはスコア以上に独逸を圧倒したといえるだろう。独逸はスペインというこの大会の屈指のチームと90分間を通して決勝戦で対戦するのにふさわしい実力と闘争心を存分にしめすこともできなかったし、戦術的にスペインに相対する術をあまりにも欠いていた。小生のサッカーチームの同僚の独逸人でさえも、昨日の試合はブンデスリーガ一部のチーム対二部のチームの試合ぐらいの実力差がありありとあったであったということを認めてやぶさかでなかったぐらいであった。
それでも開始の10分は決勝戦にふさわしい緊迫した展開を期待させる出足を独逸は見せていたと思う。スペインというチームとの実力差そして対戦相手の特性をしっかりと把握した上での前線からの早いプレッシャーをかける立ち上がりをみせ、スペインは中盤でなかなかボールをまわせないし、これまでの試合でみせたようなテンポコントロールをなかなか発揮できずに、縦への推進力を発揮できないでいた。むしろ、ドイツがその点では主導権をにぎるべく出足早く動こうとしていたのが少なからず見て取れた。それでも、スペインはあわてなかった。これが2年間の間に彼らが示した最大の進歩ではなかろうか。2年前、W杯のフランス戦では先制しておきながら、追いつかれる展開で、同点にされた後、冷静をうしなって、主導権を奪われることになったまだ若かったスペイン代表は、ジダン擁するフランスの前に一敗地にまみれた。レーマンにセーヴィングを強いた後のスペインは、落ち着きを取り戻し、中盤でのボールキープに拍車がかかり、パスが回りだすようになり、ドイツのプレスを周到にいなしながら隙をうかがいはじめる。こうなると、ドイツは苦しくなった。その直後のトーレスのヘディングのシュートはポストに嫌われたものの、スペインはトーレスをつかって裏を狙うという教科書どおりのコンビネーションをみせたし、おそらくこの大会最高のパフォーマンスをみせたこの試合のトーレスの裏をとる動きにドイツディフェンス陣は、案の情ついていくことができない。スペインはこのドイツディフェンス陣の最大の弱点を徹底してつく。そして、シャビからドイツのセンターバックと左サイドバックのラームの間を狙ったトーレスへのパスによって、ドイツディフェンスはついに決壊する。ラームはトーレスのスピードとフィジカルに完全に太刀打ちできなかった。飛び出したレーマンを交わしたトーレスのシュートはドイツにとっては無常なまでに淡々とゴールネットに転がり込んでいった。ラームは、前半負傷していたらしく、後半開始と同時にヤンセンとの交代を強いられたけれど、トルコ戦に引き続いてやはり見るべきところは、攻撃でも守備でも、ほとんどなかった。スペインは前半のうちに一点をリードするという願ったりかなったりの展開になり、あとは中盤でボールをキープしつつ、ドイツディフェンスの裏をつくという、まさしく、露西亜戦と同じ展開になる。こうなるとドイツは苦しい。
この日のドイツはそのような劣勢を覆すような闘争心を全く相手に見せ付けることができなかった。バラックは怪我を押しての出場ということもあってか、トルコ戦にひきつづいて、この日もみるべきところがなかった。バラックだけでなく、ドイツの各選手からはポルトガル戦のような美しく戦うサッカーをしようという意思も感じられなかった。後半にはいってもドイツがなにかを起こしそうな展開にはならなかったし、得点がはいりそうなシーンを作り出すことすらもほとんどできなかった。後半、ラームの代わりに入ったヤンセンでは、スペイン相手には一枚役者が劣っているのはあきらかだったし、不調のバラックでなく、比較的ポルトガル戦以降好調だったともいえるヒッツェルスペルガーを下げてクラーニを入れた時点で、中盤ではドイツはさらに不利になった。レーヴ監督の采配も今日は全くふるわなかった。そして、ポルトガル戦で最高の試合内容をみせたともいえるクローゼ、シュヴァインシュタイガーポドルスキーの前線の三人の闘争心もからまわりするだけで、それぞれが孤立してチャンスメークどころではなかった。スペインはそうしたドイツの状態をみきったのか、ボールをしっかりとキープしつつ、縦横にポジションチェンジを繰り返しながら、ドイツの隙を裏を徹底してつく、狡猾かつ美しいサッカーを相手にみせつけた。特筆するまでもなく素晴らしい中盤の4人を最後まで引っ張る必要もなかったし、ファブレガスを下げる余裕もスペインにはあった。特に、中盤の4人の裏にいたセナの強さは特にめだった。屈強なドイツ選手に当たり負けしなかったし、ボールの配給係としてもこの試合ではすばらしかった。影のこの試合のmvpは彼だと小生はいいたい。彼にも後半決定機を押し込むチャンスがあったが、惜しくも伸ばした足にボールはとどかなかった。そのほかにも、スペインは何度か決定機を迎えるけれど、対してこの日のスペインにとってこれ以上危険なシーンはなかったし、彼らはそこまであせる必要はなかった。のこり20分となったところで、ドイツが一瞬戦う意思をみせるたが、長続きはしなかった。スペインは守備のカードを切りながら、トーレスを下げて、同じく好調のグイサをいれて、試合を閉めにかかりながらもドイツにとどめをさすことも狙った。その後は、見ての通り。何もおこらぬまま。そのような展開をつくりだしたという点で、スペインが一枚も二枚も上だったというべきなのだろう。ドイツはなにひとつしたいことをさせてもらえないまま試合終了のホイッスルをきくことになった。決勝戦にふさわしい緊迫した試合ではなかった。ただただ、スペインの強さのみが光った。
ドイツはこのチーム状態では、闘争心云々以前に、この大会の決勝でスペインに相対するのにふさわしいチームではなかった。なによりも、「決勝」戦でみた独逸代表は一番ひどいときの「つまらない」サッカーをするドイツ代表だった。この試合の独逸代表のパフォーマンスはポルトガルでのユーロ2004のグループリーグでの最終試合でチェコの1・5軍に大敗したときと比べてもいいぐらいみるべきものがなかった。そういうチームが決勝に来るということ自体が、不思議だったし、はっきりいうと、組み合わせ抽選の結果ややり方にいまさらケチをつけたところでどうとなるものでもないが、グループリーグでの組み合わせに、結果論ではあるけれど、おおいに問題があった大会であったゆえのもりさがった決勝だったというわけだ。
ということで、グループABとグループCDのレヴェルの差も明らかになった試合でもあった。ドイツは、ある種の「準開催国」もしくは「隣国」特権なるものが存在するのではないかとかんぐりたくなるぐらいの組み合わせのグループリーグBをぎりぎりで突破して、ポルトガル戦では目の覚めるような力強いサッカーをしたものの、準決勝ではトルコが健闘したとはいえ、その事実上のBチーム相手に大苦戦の低落、一方で、スペインは、準々決勝では、グループリーグでは低調だったものの世界王者にふさわしい「自分のサッカー」を繰り広げたイタリアをPK戦の末負かし、世界王者と準世界王者を完膚までに叩きのめしたオランダを屠ったロシアにも準決勝で完勝してきて決勝に進んできた、この差。やはり、準決勝第二試合のスペイン対ロシアのほうが内容的に見所のある試合だったし、いや、むしろ、前言を翻すことになるけれど、ヨーロッパ王者を事実上左右することになった、この大会の分水嶺にあたった試合は、そして、試合内容とその緊迫感から、そして小生にとっても事実上の決勝戦にふさわしかったのは、いまからすると、スペイン対イタリア戦であったように思える。イタリアはなんだかんだいいつつ、グループリーグの最終戦とこの準々決勝のスペイン戦で、完全に彼らの色(それに対する好き嫌いはともかく)をとりもどした世界王者にふさわしい試合を準々決勝でしたように思う。その世界王者であるイタリアに勝利したスペインが、誰もが納得する形で、彼らがこの大会の王者にもっとも値するということを世界中にみせつけることができたのは、サッカーというスポーツにとってフェアな結果でなによりだった。もし、この試合で、独逸が彼らの「悪運」招きよせていたら小生は当分サッカーをみるのをやめていたことだろう。

結果として、小生にとっての大悪役ドイツは、「悪運」を招きよせられることもなく、それどころか、今後への課題をこの決勝で暴露してしまった。この大会でも主力であった2002年と2006年のW杯経験メンバーの衰えはもはや隠すことのできない事態だということだ。バラックは確かに、今シーズンの終盤プレミアリーグで活躍したともいうが、このような短期決戦の場でのフィジカルコンディションに関する不安はもはや隠すことはできないし、大会を通じて不安定だったレーマンの次にドイツ代表のゴールを守るのは誰かもわからない、ドイツはキーパーのタレントの宝庫にもかかわらず。2002年の準優勝メンバーのピークは完全に去った。世代交代に関しては、イタリアやフランスにもいえることだが、この二カ国のユース代表、もとい若い世代には次を担うのにふさわしいタレントが山といる。そして、結果も出し続けているし、このユーロのあと万を持して世代交代が始まることだろう。そして、イタリアはすでにリッピの代表監督復帰が決定的ともいうし、フランスはドメネク続投か更迭の議論がはじまってもう久しい。しかし、ドイツでは、ポドルスキーシュヴァインシュタイガーに続く世代のタレントがまだ出てきている気配もない。ドイツのユース代表はヨーロッパのレヴェルでも結果は全く出ていないという現実に目をむける必要があるだろう。レーヴという監督は小生は評価しているけれど、ドイツ代表はチームとしてパフォーマンスの波が激しすぎる。ドイツは次の2年間、南アフリカのW杯に出場することを最優先しながらも、早急の世代交代とそのチームの熟成をすすめなければ、4度目の世界制覇などまたのまたの夢だということを肝に銘じなければならない。結局、この2年でほかのどのチームよりも前回のW杯の教訓を生かして、発展のベクトルにのって結果を出したのは、ほかならぬスペインだったということ、これは誰の目にもあきらかだろう(例外は、トルコに負けたけれど、クロアチア。この2年間で、世界を納得させるだけのふさわしい進化とげたし、このユーロ後の伸びしろを感じさせてくれる、このユーロ参加国の中でも、チームのひとつだといってもいい。もちろんロシアも注目。)
それにしても、今大会の小生の大本命であったオラニェことオランダはどうしてしまったのだろうと思う。グループリーグで調子の上がらないイタリアやフランスを圧倒するサッカーをくりひろげながら、コンディション調整をあやまったともいろいろいわれているけれど、準々決勝で、ぐうの音もでないぐらいロシアに叩きのめされてしまうのだから。もちろん、あの試合はヒディンク率いるロシアが戦術的にもコンディション的にもオラニェを上回っていたということ、サッカーにおける下克上のカタルシスを、オラニェファンの小生でも存分に味あわせてもらったので、別に不満はないのだけれど。それでも、なぜ彼らはトーナメントの初戦でいつもまけてしまうのか。これは謎です。わけがわかりません。はい。ファン・バステンの後任はファン・マルヴァイクか。本当に大丈夫か、オラニェ!いや、若い世代は、独逸なんか問題にならないぐらいのタレントの宝庫。過去2回のU21のユーロを連覇するほどのチームだ。ファン・マルヴァイクには、この世代の将来を感じさせる選手をどんどんオラニェにひきあげていってもらいたい。個人的には、そして、今度こそ、次のW杯で宿敵独逸を木っ端微塵にするオラニェを期待したい。


Danzigerstr, Berlin-Prenzlauerberg、29.6.2006深夜前


さて。試合後のベルリンは、祭りの終わりの刹那などどこにもなく、いつのまにか意識するともなく過ぎ去っていった祭りの時への哀愁をいやおうなく感じざるをえない。そして、小生が試合をみた友人宅のあるプレンツラウアーベルクのDanzigerstr.は試合終了間際かからしてすでにもうお葬式のように静まりかえっていた。試合前はあれほど威勢のよかった独逸人もただただ現実をみせつけられて明日からの仕事へ学校へ向かうべく、明日からの「日常」へと戻るべく、とぼとぼと家路につくしかない。試合終了しばらくすると、散発的に、西班牙人か、誰かがはなった花火が散発的に、祭りの終わったベルリンの夜空へと打ちあがっていたけれど、パーンパン、と乾いた音は、それもただ、特別だった3週間の終わりを告げるかのように、負け試合を見終わった独逸人たちが明日に備えるべく家路へとつきはじめて再び忙しくなったベルリンの街角を背景に、寂しげに響き渡るのみ。通りの向こう側の地下鉄の駅の前には大量の警官隊が配備されていたけれど、友人宅の通りを見晴らすバルコニーから遠目に見えた警察車両のライトと時々、通りに響き渡ったそのサイレンの音ががわびしかった。おまわりさんたちも、不本意にも(?)昨日は予想していたよりも早く仕事から解放されたことだろう。そして、今日は月曜日。またいつもどおり。すでに昨日まえでのお祭りははるか昔のことよう。

さてサッカー話はこれでおしまい。次回以降はルーマニア話の続きをするとしますか。ではまた自戒。