学期前放浪2008年春 ルーマニア・モルドヴァ編 (1;入国にひと悶着

前ぶりが長すぎたけれど、ルーマニアモルドヴァの旅について今日からはじめることにします。

その前に夏学期のはじまったベルリンからの一枚。フンボルト大学の本校舎の中庭にて。


今月頭の予告編にもあったとおり、Swoodooなる格安航空券検索サイトのおかげで見つけたBlueairなる格安航空会社のブカレスト行きの航空券を予約した小生は、出発の2日前に予約したにもかかわらず70ユーロというその値段の安さ(70ユーロ)というよりも、そのBlueairなる航空会社の存在自体についてなんの知識もなく、どんな航空会社かもその時点では疑わしかったので、不安で仕方がなく、予約して先方からも確定のメールを受け取ってからも、グーグルったりウィキペディアをのぞいたりしたのだけれど、シェーネフェルト空港Flughafen Schoenefeldのホームページをみて、とりあえず、Blueairのブカレスト行きなる便はちゃんと発着案内にあるのをみてはじめて、まあこれなら間違いない、と安心して、というよりも変に自分を納得させて、4月7日朝8時シェーネフェルト空港方面行きのレギオナール・エクスプレスRegional Expressに乗り込んだのでありました。


こうしてついたシェーネフェルト空港は、しかしながら、毎度のことながら、地の果てにふさわしいような場所にある空港で、駅に着いて無駄に長く暗い地下通路をえんえんと歩きながら、けっ、おいどんはいったいどこへいこうとしとんねん、と思うのだが、こういうロケーションのことをドイツ語でAm Arsch der Welt(直訳すると「世界のケツ」、要するにくそったれた場所というぐらいの意味)というのだけれど、周りにはなんにもないし、加えて駅もまったくそっけない。
2004年にEasyjetイングランド、ベルリンなどがベースのヨーロッパで一二を争う規模の格安航空会社)がこの空港に就航して以来、格安航空会社が発着料の安いこの空港をベースにするようになってからは、この空港も変わり続けている。大量の観光客がベルリンに押し寄せている昨今、特に格安で夜遊びできるベルリンが目当てのEasyjettouristenが大量に押し寄せるようになって以来、かつてをしる人にいわせてみれば、この空港もそのそばにある駅も格段にきれいになり、かつ空港の建物自体が明るくなって、「空港」らしくなったともいうが、「空港」らしくなってというのは、いつも思うのだが、どーいう意味なのじゃ、と思わないでもない。というのは、かつてのシェーネフェルトも旧共産圏の空港だった例にもれず、刑務所の待合室のようなどよーっとした場所で出入国手続きをして「いただいて」、とっとと帰りやがれ、資本主義の犬どもめ、みたいな感じで追い払われるような場所だったとのことだ。シェーネフェルト空港はかつての旧東ベルリンのメインの空港で、西ベルリンにあるティーゲル空港Flughafen Tegelは、いまでも市内へのアクセスのよさから、主要な航空会社はすべてこの空港発着なのだけれど、ドイツが再統一されてからしばらくはこのシェーネフェルト空港からは旧共産圏への便が中心に発着していたわけで、ようするこの空港は、すくなくとも、数年前までは、ご歓迎されたり、名残惜しくお見送りされるようなような場所ではまったくなかったわけだ。
駅のホームはともかくこの駅の地下通路は、どこぞやの東欧の駅の暗くじめじめした通路を想起させて、しかも、しかも無駄に幅広くてガランとしている。駅舎も統一後のドイツにあっては国の重要文化財にしてされてもいいぐらいの年代ものの鉄筋立て、申し訳程度ガラス張り、いまでもかつての共産圏のど田舎にいけばあるようなどこにでもあるような味も素っ気もない建物で、時代を感じさせてくれる。まあ、ここでもベルリンが経験した激動の20世紀の余韻に少なからず浸れるわけで、半分浮かれ気分でやってきたパーティー目的のEasyjettouristenにとっては、いきなりのベルリンでの洗礼にもってこいなのだが。
しかし、それでも、市内まで直通列車で40分いけるというのは、ほかのヨーロッパの大都市の空港と比較しても、格段便が悪いというわけでもなく、成田や関空の立地の最悪さからすればましもまし、最近値上げしたけれど、3ユーロもかからずに市内にいけることに対しては普通の観光客にとってはなんの文句もないし、S-Bahnでたかだか同様に30分ほどにあるミュンヘン空港に向かったとき、たったそれだけの距離に8ユーロもふんだくられて、ミュンヘンでの数日間まったく面白くない体験ばかりして怒り心頭であった小生はこの8ユーロの法外な運賃に二度とミュンヘンくんだりにはいくまい、と固く決心した記憶もあるほどだ。成田や関空なんぞはそこいくだけで小旅行なわけで、ベルリンの空港は場所の違いはあれば、市内へのアクセスのよさに関してはなんのケチつけようがないと思うのは果たして小生だけだろうか。日本からの長旅を終えてティーゲルについてからわずか30分で家の敷居をまたげるというのは決して悪くはないといつも思う、特に日本について家につくまでがひと旅行なのと比べて。

まあ、そんな感じでシェーネフェルド空港のターミナルビルにはいれば、小生が向かうべきチェックインカウンターのまわりにはほかの乗客の影もない。とりあえず、カウンターに向かえば、向こうはようやくきおったーかーこいつーみたいな顔をしおる。しかも、「あんたが最後」とのだめだしのおまけつき。小生はいつも出発時刻ぎりぎりにチェックインする航空会社にとってはいつもうっとおしい客なのだ。いつもいわれたとおりの40分前には、必ずチェックインしているのに。しかし、チェックイン締め切り間際だというのに、ほかの客はどこなのじゃーとおもわず見回してしまうほど、このBlueairブカレスト行きのカウンターの周りにはほかの乗客の影もない。そうこうしているうちに搭乗手続きも終わり手荷物検査も無事通り過ぎて出国手続きへとむかう。指定されたゲートの前にはパスポートチェックのブースがあって、担当のオマワリさんが暇そうにブースの中でひじをついて待っている。その向こうには、すでに同じ便に乗ると思わしき乗客がぼーって待っている。典型的な空港の待合の風景。ルーマニアEUに去年の一月から加盟しているけれど、まだシェンゲン条約にまだ加盟していない、というよりさせてもらえないため、とはいえ、ルーマニア人はすでに独逸人同様身分証の提示だけで事足りるが、小生のようにEU国籍でない人間はここで一応シェンゲン外への出国手続きをしなければならない。
ともかくパスポートを出す。パスポートを機械に通したオマワリさんはジーと小生の管理情報が表示されているはずのモニターをみつめる。そして、しばらくパスポートをぱらぱらとめくったあと、おそらく小生の最近更新した最新のビザがはってあるとおもわしきページのあたりで手をとめて、そのページをしばらく眺めたあと、パスポートを返しながら小生に渡航目的を尋ねる。

おまわりさん;「ルーマニアはどういう目的で?」
小生;「いやー観光です、二回目ですわー、めっちゃきにいってますねん」
おまわりさん;「あーそうですかー、いいですねー、学生さんやしねー、ほんなら夏学期始まるまでの旅行やねー、ほんなら楽しんできてやー」
小生;「あーどーもー、いってきまーす」

と別に書く必要もないぐらいたわいもない会話をして、バリバリのベルリン訛りの、しかし、ベルリンにしては非常に愛想のいいおまわりさんにさよならをいって小生も待合場にはいるが、そこでびっくり、待合場にいる人はどうみてもドイツ人にはみえない人ばかりで、それどころか皆無、そんな中にアジア人である小生がくるもんだから、注目の的である。ルーマニアと同じである。みんなルーマニア人たちはベルリンみやげやらいろいろもっているが、やっぱり独逸資本の安いスーパーマーケットの袋をところどころぶら下げている(これこそが中東欧を旅行する際のつぼのひとつである)。そして、すでにばりばりルーマニア語が飛び交っている。おお、もうここはルーマニアじゃあ、と小生のテンションはすでにルーマニアモードへと切り替わりつつある。
しかしながら、よく考えると、この時期にベルリナーもとい独逸人が観光でブカレストにいくとはちょいとやはり考えられない。ベルリンでも、ルーマニア、そんなくそったれた場所によーいったな、という反応は去年の10月に帰ってきてからもざらだったし、小生はそんな無知なベルリナーもとい独逸人に対して啓蒙活動を繰り広げたのだが、南の島が大好きな独逸人がルーマニアに喜び勇んでいくようなことはまれである。少しでもベルリンでもこの航空会社の知名度があがって、ルーマニアがベルリナーにとってポピュラーにならんと、週三回の運行が、二回に一回に、そして、休止なんてこともありうるわけだ。ルーマニアという国がベルリンについで大好きな場所になりつつある小生にとっては、それはぶっちゃけ、いまや「死活問題」である。
とはいえ、おもいもかけずベルリンですでにルーマニアモードにきりかかりつつある小生のテンションはぐんぐん上昇。とるものもとりあえず、まあ落ち着け落ち着けと、おもむろに持ち合い場のベンチにすわって新聞を広げようとするやいなや、搭乗案内がながれれば、すでに出発の時、意気揚々と機上の人となる。
ところがまあ、搭乗した飛行機はこれまた年代もののエアバス機である。すわったシートの二つ隣の折りたたみテーブルはささえる右側の腕の金具がとれてぶらさがっているではないか。ていうか、おめえらなおせよ、と、Blueair、この航空会社は大丈夫か、と心配になる小生である。トイレにいけば、耳をつんざくような音がして「したもの」が「吸い込まれていく」トイレではないのだ、いまだに洗浄液が「したもの」と一緒に流れていく古くさーいトイレなのである。まあ、それでも今ブカレストからやってきたばかりだとかで、そは杞憂である、と無理やり納得させて、6時に早起きした上、しかも、旅の前日も友人宅でのんだくれていて1時ぐらいに帰宅してから、いつもどおり出発日の前日の夜遅くに荷物をバックパックに突っ込んでから寝た小生は、離陸をするやいなや、ルーマニア人だらけの、しかし空席も多い年代のエアバス機のシートで3席を占領して、横になってすでに爆睡。しばらくして、目が覚めると、眼下にはぽつぽつとすでにバルカンらしき田園風景が広がっている。と思うと、どうにもこうにも見慣れた形の、かつてグーグルアースで盛んに偵察した街と良く似た風景が見えて(あとで確認するとやはりシビウSibiuだった)、あっという間に彼方に去っていったら、雪をかぶった山が前方から現れる。これはカルパティア山脈だなと。と、おもっていればまもなくブカレスト着陸とのアナウンスである。はええな、やっぱり飛行機は、と6ヶ月ぶりのブカレスト帰還の感傷にひたる間もなく、あっという間に、やっぱり、拍手のなかの着陸でありました。そんな信用ないんか。そらそやわな、生還できたわけやからなあ、うれしいなあ、はい。
しっかし、着陸したブカレストはバネアーザBaneasa空港もシェーネフェルト空港の上をゆくしょぼい空港で、前回去年の10月帰国の途についたオトペニOtopeni空港よりも格段に貧相なのだ。しかも、小生らが乗った飛行機はターミナルビルのどまん前にとまったのはいいが、乗客は、タラップをおりて、バスに迎えられるでもなく、歩いてターミナルビル入りである。ははん、これはよいの、どこかの日本の地方空港みたいだ、と迎え入れられたターミナルビルはシェーネフェルドと比べても、建物の古さとガタの来具合では遥か上をいっていたが、建物が格段に明るい上、すでにブカレストは初夏の陽気と気温ゆえ、気分はわるくなく、ついにはるばるもどってきたぜい、るーみーにあー、とテンションも再びぐんぐん上昇、ほかの乗客に混じって入国手続きをうける列に並ぶ。やっと小生の順番がまわってきてパスポートをだせば、係りのお姉ちゃんはニコニコしながら、ハーイと、独逸人の女子とくらべて愛想がいいどころではない。

ところが、小生のパスを機械に通して、なんの問題もなくスタンプをおして、ラ・レヴェデーレーLa revedere(ルーマニア語でさよならー)とお別れのはずが、パスポートのページをなんどもめくりかえして、この係りのお姉ちゃんはかわいい顔をしかめながら首をふっているではないか。なにか問題?と英語で尋ねると、ちょっとまって、との返事。二回ほどパスポートのページをすみからすみまでめくって、お姉ちゃんはいうではないか。

係りのお姉ちゃん;「前回ルーマニアにはいつ滞在したの?」
小生;「えー10月上旬やけど、なにか問題でも?独逸に住んでるんだが、ヴィザもあるでしょ。」
係りのお姉ちゃん;「それはいいんだけど、前回ルーマニアを出国したのはいつ?」
小生;「えーと、確か丸2週間いたはずだから、10月1日にオラデアから入国して、ということは、10月15日だね、出国は。」
係りのお姉ちゃん;「スタンプを見た限りそうね。で、どこから出国したの?」
小生;「ブカレストやで、この空港やなくてOtopeni空港やったけど。なんで?」
係りのお姉ちゃん;「問題はね、あなたのパスポートに前回の出国のスタンプがみあたらないのよ。なんでないわけ?」
小生;「ないけど、それは確か前回出国直後にみたら搭乗券にだけ押してパスポートには押さなかったみたいなんやが、出国直後にパスポートにスタンプがなかったんで、不思議におもとったから、よく覚えてる。でも、それが問題なわけ?」
係りのお姉ちゃん;「前回出国の事実が確認できない限り入国させるわけにはいかないのよ。あなたが飛行機にのって独逸に帰ったという事実がこのパスポートだけでは確認できないわけだから。」

ほほう、この係りのお姉ちゃんはかわいい顔をして、なんと残酷なことをいうではないか。この時点で、もはや初夏のブカレストの気候のせいではなく、ベルリンへの強制送還の可能性を目の前にして小生はかなり汗を背中にかきはじめている。まわりにはもうすでに当然のことながらほかの乗客はひとりもおらず、それどころか、入国手続き上のブースの横から目をやると、手荷物受け取り場のターンテーブルの上では、小生のリュックだけが孤独に回り続けている。その横では、しかめっつらをした係員の兄ちゃんがこれはお前のリュックか、みたいな目つきで俺を見ているのが見える。兄ちゃんが、これ、お前のか、とついに小生に声をかけると係りのお姉ちゃんは、とりあえず、その荷物をうけとってきて、という。そして、そしたら戻ってきて、と。小生のリュックをターンテーブルから引きずるように受け取ると、再び、係りのお姉ちゃんがまた質問を続ける。

係りのお姉ちゃん;「とりあえずこれが私の仕事だから悪くおもわないでほしいけど、もう一度聞くわよ、なんで、スタンプがないわけ?それがないと、独逸に帰る飛行機にのらないでどっかにいったんじゃないか、といわれてもしょうがないのよ。」
小生;「もちろんやっていってるやんか。それは、オトペニのあんたの同僚が搭乗券にスタンプをおしただけで、パスポートには押さなかったんだって。だいたい、僕は12月21日に日本に帰ってるし、それだけでもルーマニアに3ヶ月以上いてないという証明になるやん。その横にも前日にイタリアで出国したというスタンプがあるし、先々週独逸でヴィザを2年間延長しているのもみれば大体わかるでしょう。それだけでも十分やん。」

と小生がちょいと興奮気味に話すと、係りのお姉ちゃん横には上司らしきおばちゃんがいて、確かにそうね、見たいな感じで二人でうなづいている。そして、しばらくパスポートのほかのページをめくって、上司らしきおばちゃんがなにかをルーマニア語でお姉ちゃんにいうと、ダー、ダー、とうなづきながらお姉ちゃんは電話をとりながら小生にこういう。

係りのお姉ちゃん;「とりあえず、あなたがちゃんと出国したかどうか問い合わせるから、もうちょっと待ってて。ノーパニックよ。」

ふー。向こうはちゃんと仕事をしようとしているわけだから、それに大していうことは別段ないし、がたがた理不尽ないちゃもんをつけているわけでもないので、ただ時間がかかるだけでわずらわしい。前回の出国の時にスタンプがないというだけで、押さなかった係り官のミスということなのだろうけれど、とんだとばっちりだ。係りのお姉ちゃんは受話器にごし小生の名前とパスポートの番号を伝えて受話器をおくと、ふう、とため息をついたあと、こちらをみて、再び最初の時と同じように笑顔で、ジャストモーメントよ、となぜかVサイン。タバコに火をつけて一服すると、小生を見てこう続ける。

係りのお姉ちゃん;「ルーマニアは気に入ったの?二回目だってことだけど。」
小生;「この6ヶ月間ずっとまた来たいとおもってたよ。」

とこちらもVサインで応える。と係りのお姉ちゃんはそれに対していうではないか。

「へー、あんたここに彼女でもいるわけ?」

なんでやねん。前回10月旅行した時も、どこへいっても、ガキんちょからおばあちゃんにまで同じことを聞かれまくったが、入国審査場の警察官のお姉ちゃんにそういわれるぐらい、ここに来るやつはそんなに女目的が多いのか、ていうか、日本人にそんなやつが多いのか、どっちなのか・・・。確かに、独逸女ども、特にベルリンの女どもにつめの垢煎じて飲ませてやりたいぐらいルーマニア人の女の子はかわいいし人あたりも非常にソフトだ。おまけに、小生のストライクゾーンにどかーんなのだ、ラテンでかつ東ヨーロッパ的というのは。

小生;「ま、そうであればええけどね。それはともかくこの国はめっちゃ気にいっとるんよ。」
係りのお姉ちゃん;「そーなのー、それなら大歓迎よ、あははは。どこへいくの、今回は?」

小生は今回はブコヴィナとモルドヴァにいくんだというと、係りのお姉ちゃんも、あそこはきれいなところよ、とうなづく。モルドヴァは?と聞くと、いったことないわ、よくわからない、なんであんなところへ、と、すると、再び電話がなる。電話が鳴ると同時に係りのお姉ちゃんはさっと受話器に手をのばして、ダー?と答える。ひとしきりうなづいたあとで、係りのお姉ちゃんは僕の方をみて再びVサイン。受話器を置くと、その勢いで、小生のパスポートにおもむろにスタンプをボーンと押す。そしてパスポートに押された入国スタンプをみせながら、

係りのお姉ちゃん;「よかったわねー、入国できるわよ、でも、次回出国するときは、絶対にスタンプもらうのを忘れないようにねー。
次回入国するときには、あたしみたいに親切でやさしいポリースがいるとは限らないわよー。あははは。

係りのお姉ちゃんの乗りのよさに小生は苦笑しながらもルーマニアへ無事カムバックを果たすことができてハッピーだったのはいうまでもない。

では今宵はこれまで。また自戒。